ある日、先輩と議論になった。
「片平!、モノづくりってコスト削減のことだよ!」
「耳をかっぽじって聞きますから、もう一度言ってもらっっていいですかネ?」
「だから、モノづくりってのはコスト削減のことなんだよ!」
「…。」

もう、ずいぶん前のことだ。

また、ある日、後輩からも
「片平さん、モノづくりってコスト削減のことと聞いたんですが…。」
「誰からそんなコトを吹聴されたんだ?」
「…。」
「わかった、わかった。僕が考えるモノづくりの話を聞いてくれるかい?」
そんなやりとりがあった。

“モノづくり=コスト削減”この理論がどこからくるのか?を推察してみると
新しいモノが生まれにくい現在、すでにあるモノで皆が勝負をかけてくる。
そうなると、モノの価格はとても重要になってくるのだ。
売りたいものが、同質で差が感じられないときには、価格操作しか生き残る道がないのである。
価格操作の為に、気づかれないように、品質をギリギリ犠牲にすることもあるのだ。

それがコモデティー化だ。

確かに、関わっている仕事を省みて、新しさも考えず、何も考えず、システマティクな現場において
「モノづくりってのはコスト削減のことなんだよ!」と叫びたくなる気持ちも分かる。

デザインという言葉が生まれてから
真似に真似まくることによってデザイン業界は成り上がってきた。
それによって、生活も豊かになったと感じている人も多いのだろう。
でも、恥とか道徳心といった感覚も既に麻痺していることに気づいていないのも現実だ。
だから、デザインなんて言葉をもう使いたくないのだ。

今、モノマネではなく、モノから学ぶことが必要なのだ。
そこには、多くの宝が眠っている。そのプロセスを研究すべきだなのだ。
コスト削減などせず、改悪はせず、完成されたものを提供し続けてほしい。と願うのは私だけだろうか?
人は、それを許さないなのだろうか?

そこのキミ。もし、「モノづくりってコスト削減のことだよ!」などという人と出会ったら、
「そうですか…。話になりませんね…。」といって席を立つか、立たないか?キミはどちらだ?