札幌コンテにて、舞踏バー「停電の夜」終了いたしました。

「舞踏って知ってます?」と質問すると
「何ですかそれは?」という人が多いのです。
そして10人に1人か2人が
「あぁ、あの全身を白塗りして、クネクネと踊るやつでしょ!」という答えがかえってきます。

舞台芸術として前衛的で反逆的な感覚をみたしてくれる身体表現であることや、昭和・戦後という時代に身体という闇に目を向け、日本人の身体性をベースに反西洋的な美意識を追いもとめていたことや、陰ながら多くの人がその魅力に取り憑かれている。私もそんなコトぐらいしか知りません。

いったい舞踏ってのはなんなのでしょう?

そんな疑問を一気に解消してくれる、興味があるなら、舞踏のコトを教えてあげるよ。
というのが、“舞踏バー”の企画の主旨なのでした。

敷居を下げて、わかりやすく、歴史やその特徴を丁寧に教えてあげる…。という、なんとも気が利いた企画なのであります。今回は4回目ということもあって「舞踏とは何か?」ということから、さらに、もう少し踏み込んで
“身体における哲学的な思考法”や“身体に言葉を染み込ませる。”といったような禅問答ぽく、ひねくれて、めんどくさい舞踏の一部分を切り取ったような内容なのでした…。

「ダンスは自ら動くものではない。
自己の中に事件が発生することによって、結果的に動いているように見えるにすぎない。
だからダンサーは”自ら踊る”のではなく、踊りを完全否定した時に本当の踊りが始る。」
(主催者/田仲ハル氏のコメント)

そして、見えない電気と、見えない肉体がぶつかり??????

そして、太陽光発電で蓄電した電気で鳴らす音と身体が出会い???????

そして、摩訶不思議な世界が展開され???????

そして、そして、何かが生み出された。

明かりがパッと消えたとき、今まで見えていた世界は一気に反転し心を照らし出す…。
いのちは、暗黒の中で、目には見えない輝きという音を発する…。
見える恐怖感とは裏腹に見えない安らぎに精神を解放したときに、人は美しさを感じるのかもしれない…。

なんだかよく理解できないかもしれませんが、舞踏の進化の一端がそこにあり、それを企てる人がいて、踊る人がいて、観る人がいて、伝える人がいる。そんなことがとても素晴らしいことだと思うのです。

会場の札幌コンテの看板には、「身体と向き合う 心と向き合う」とありました。
めんどくさくて、ワクワクする言葉だなーと思いました。

ホントーに多くの人たちの協力で素晴らしい贈りものを沢山々いただきました。感謝。
また出会える日を心待ちにしております。
どうもありがとうございました。