Maker Faire「絶望と希望」

130813

Yamaguchi Mini Maker Faireレポート第一弾。

一日目の気温は、38.5度であった。体温を超えると身の危険を感じる。
野外展示をしていた一団は館内への移動を余儀なくされた。

二日目、朝9時半、会場に入った。エアコンが効いた屋内は居心地がよさそうである。しかし、お隣の集団では「やはり、外でやろう!」と盛り上がってきていた。確かに一時しのぎで引っ越してきた場所は、会場の隅っこの通路で雰囲気が良いとは言いがたい場所だったのだ…。
そうであれば、「私もアイノリさせて下さい!」と太陽光パネルを抱えて、灼熱の中へと出ていったのだ。

さすがに前日同様、この熱さではお客さんは、まばらである。となると出展者どうしの近所づきあいが盛んになる…。

午後の一番熱い時間、お客さんの波がパタリと止まる…。なぜか太陽光発電音響装置の音を止めて、静かに芝生の上での座談会になってしまった。メンバーはお隣の関西方面から来られたFabLab Kitakagayaの関係者たちである。イラストレータをしながらFabLab に関わっている女性。京都でパーカッションを制作している男性。サステイナビリティ・デザイン研究をしながらFabLab に関わっている男性。それとサラリーマンをやりながら太陽光発電を楽しむ私の4人である。議題は「モノと人の関わり(新たな社会システムは構築できるか?)」かなり大袈裟なタイトルを後からつけてみた。しかしながら、本当にそのようなコトなのである。例えば、“都会の狭小地で小規模な菜園をつくる→その農具はFabLab でつくる→その農具には名入れをする→得られるモノは、食糧、人間規模のサイクル、そして愛着。”
『愛着』というワードはMakersならではなのである。地域や人や道具など、すべてに愛着を再興できれば、少しはまともな社会になるはずなのだ。そして、これはもうすでに実践にうつされているコトなのである。

ひとりが「常に絶望と希望を感じながら活動している。」と言った。まったく共感できる言葉である。私もずっと同じことを考えていた。青空と芝生の上でこんな対話ができる、それは希望である。しかし40度近い異常気象の中、わざわざ山口まで足をはこんで、こんな対話をしなくちゃいけない、それはある意味、社会システムの中で追い込まれている状況であり、それは絶望である。しかし今、この「絶望と希望」を感じながら私たちは前に進まなくてはいけない。

そこのキミ、Maker Faireはただの発表の場ではない。対話の場なのだ。

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2 Comments

  1. theultimamusic

    takayuki katahira 様 別サイトの屋外でシンセに共感致します。私くし幼少時よりスパルタ教育的にピアノを習い、現在、ストリートや東京の小さい会場でソロで活動いたしております。ピアノシンセサイザー奏者です。
    いつもはスタジオを借り切り高額な出費に悩みながらレコーディングしておりますが、屋外でソーラーパネルとバッテリーと使用し誰もいない山で練習できないか考え中です。
    出力の問題が、、、、、、

    • Takayuki KATAHIRA

      カキコミどうもありがとうございます。
      屋外での演奏活動は、たくさんのノイズもありますが気持ちよいです。
      あとで参考になるかどうか分かりませんが
      メールの方に詳細を送らさせていただきます。
      では。

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