夢想家のように昼間っからだらだらと夢うつつの状態でネットサーフに興じ、新らたな何かがどこかに転がってやしないかと野放しにされた飼い犬のように嗅ぎまわり、進化してゆく物事を少しは追いかけてみますが、たぶん共有できる人などいないものにツイ惹かれてしまう…。

 一般的と呼ばれるモノがどうでもよくなって、自分が感じるモノのみに流されてゆくということを肯定的に考えてゆくと「幸せな人」というレッテルを貼られるということです。ただこう見えて、まわりの人たちも幸せになってほしいと少しは願っているわけですが、自分の信じるところを推し進めることでその結果を生むかどうかは甚だ疑問があります。

 ではどうしたら良いのか、非現実的と思われることに向かってゆくときには、頂上を見るのでは無く、足下を見て眈々と歩むしかないのでしょう。それが一番に効率的だと思います。